情報誌「TOMIC(とおみっく)」

60号 2019年10月発行(2/4)

  • 印刷
  • PDF
 

TOMIC60号 各国のエネルギー安全保障への取組みと日本の課題〜これからのエネルギー安全保障を考える〜

オイルショックとその教訓

日本にこうした課題を突き付けたのが、1970年代のオイルショック(1973年・第一次、1979年・第二次)でした。第一次オイルショックのきっかけは、1973年10月に勃発した第四次中東戦争で、アラブ産油国が原油の供給制限と価格の大幅な引き上げを行い、石油消費国である先進国を中心に世界経済は大きく混乱しました。エネルギーの8割近くを輸入原油に頼っていた日本でも、石油関連製品の値上げや急激なインフレにより国民生活にも大きな影響を与えました。トイレットペーパーが店頭から消えてしまった騒動を覚えている人もいると思います。この出来事は、日本のエネルギー安全保障がいかに脆弱であるかを強く認識させるきっかけとなりました。これ以降、日本は、その対応に真剣に向き合うこととなります。

原油価格の推移

ひとつは徹底した省エネへの取組みです。ムーンライト計画の実施や省エネ法の制定により産業部門を中心にエネルギーの利用効率を改善した結果、オイルショック時と比較して、実質GDPが2.6倍に増加する中で、エネルギー消費は1.2倍の増加に留まっています。また、天然ガス、石炭、原子力、再エネなどを増やして石油への依存度を減らしてきました。さらに中東地域への依存度を低くするため、輸入相手国を東南アジアなどに拡大してきました。

しかし、近年はこれらの国々も経済発展に伴い資源を消費するようになり、再び中東地域への依存度が高まっています。このようにエネルギー安全保障は外部環境の変化に大きく影響されます。

エネルギーに関する世界各地域・国の動き

このようにエネルギー安全保障は世界の動きや情勢と無関係ではいられません。次に、世界各地域・国のエネルギーについての動向を見ていきたいと思います。

(1)中東

先日の事件の舞台となったホルムズ海峡は、チョークポイントと呼ばれる戦略的に重要な海上水路のひとつです。ペルシャ湾岸で生産される原油のほとんどがホルムズ海峡を経て世界各地へ輸出されており、日本の原油の85.9%、天然ガスの17.7%が通過しています(2017年)。万一ここが封鎖されてしまうと、世界中の国々への原油供給が滞り、影響は計り知れません。しかも中東地域は政情が不安定で、直近ではサウジアラビアの石油施設が何者かの攻撃を受けるなど緊張も高まっています。

原油の会場輸送のチョークポイント

もうひとつ、海上水路で気になるのが中国の動きです。中国はヨーロッパへとつながる「一帯一路」構想を展開していますが、この海洋ルートは日本の原油輸入ルートと重なります。加えて中国は「真珠の首飾り」戦略で、海上交通路上での重要な港に拠点を確保し、自国で必要とする石油の供給を確実にしようとしています。今後は中国の動向が日本にも影響することが考えられ、注視しておく必要があります。

中国の「真珠の首飾り」戦略と石油シーレーン

 
ページの先頭へ戻る