情報誌「TOMIC(とおみっく)」

55号 2017年3月発行(4/4)

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エネルギーが支える明日の社会のために TOMIC 2017年 第55号 先端技術で未来を照らす二つの光〜SPring-8とSACLA〜

高品質な光源の提供で科学技術の発展に寄与

センターには、国内の大学や研究機関、企業をはじめ、世界中から利用者が訪れています。その数は年間延べ約1万5千人で、そのうち産業界の利用が約25%、外国からの利用が約20%です。スプリング8の利用は一般に広く開かれており、公募で利用申請を受け付け、審査によって選定します。ビーム利用による実験の成果を公開いただく場合、ビーム利用料は国が負担します。

現在、スプリング8で稼働中のビームラインのうち、一般の方に使っていただける共用ビームラインは3本あります。最近では産業利用が約20%を占めており、繊維、ゴム、フィルム等の業界で、関連企業複数社が共同研究を行う事例が増えています。その業界における本質的な技術問題を解決することによって、そこで得られた成果を互いに共有し、各社が新しい技術革新や製品開発につなげていこうという動きです。

「見えないものが見える」ことで広がる可能性

住友ゴム工業(株)「エナセーブPREMIUM」

スプリング8の産業利用では多くの優れた研究成果が出ており、実際の商品開発に結びついた事例も数多くあります。トヨタ自動車では自動車の排ガスを浄化する三元触媒の解析を行い、新しい触媒材料を開発しました。この触媒は全世界のトヨタのガソリン車1億台以上に使われているそうです。また、住友ゴム工業では、タイヤゴム材料の内部構造を解析することで、グリップ性能と燃費向上を両立した低燃費タイヤ「エナセーブ PREMIUM」の製品化を実現しました。このタイヤは摩耗が遅いうえに燃費が6%程度良くなったといいます。

この事例で興味深いのは、技術者は当初スノータイヤの研究を行っていたところ、「スプリング8」を使うことで「こんなものまで見えるんだ」と驚き、そこから低燃費タイヤの開発に行き着いたということです。つまり、技術者にとって「今まで見えなかったものが見える」ということはとても重要なことで、それまで勘と経験に頼っていた手探りの状態がなくなるということなのです。様々な産業分野で放射光を利用した研究を行うことで、技術開発の可能性が大きく広がっているのです。

超循環社会の実現へ向けた可能性

放射光科学総合研究センターの最大の利点は、スプリング8とサクラという2つの世界一の施設を同時に活用できることです。スプリング8で止まった世界を見て、サクラでどう動くかを見る。それぞれの光源の優れた長所を組み合わせて相互利用することによって、これまで仮説に過ぎなかった自然界の現象を観察することができ、科学技術の新たな分野を切り開くことが期待されています。

今後の科学技術の大きなテーマの一つに、いかにして持続可能社会をつくっていくかという課題があります。エネルギー資源、環境問題、食料問題等の分野で、多くの研究者がスプリング8とサクラを使って原子・分子レベルで何が起こっているのかを知ることが、持続可能社会を実現する課題解決のヒントになるかもしれません。

大型放射光施設スプリング8とX線自由電子レーザー施設サクラ

中でも大きな注目と期待を集めているのが、植物の光合成に関する研究です。光合成には触媒となるたんぱく質が関わっていますが、その構造は正確にわかっていませんでした。これを岡山大学の沈建仁教授の研究グループが、当センターの光源を利用した解析によって高い精度で解明したのです。この成果を受けて、人工光合成の技術開発を導くことが期待される様々な応用研究が始まっています。

スプリング8の供用開始から今年で20年を迎え、これまでに多くの研究者の方々と連携し、日本の科学技術の発展に尽力してきました。その歩みを振り返ると、決して最初から研究成果が期待された案件ばかりではありませんでした。しかし研究者の好奇心から思わぬ成果も数多く生まれました。まずは課題を抽出し、それをとことん突き詰めることによって、新しい技術開発のヒントやイノベーションが生まれるのではないかと考えています。スプリング8とサクラの2つの光が、日本の科学技術の未来を明るく照らすことを願っています。

サクラが解明した光合成の水分解反応

PSII(たんぱく質複合体)の全体構造

岡山大学の沈健仁教授の研究グループは、植物が光合成する過程で水が分解され酸素ができる仕組みを解明しました。沈教授は、サクラを用いて光化学II複合体が光合成の水分解反応において酸素分子を発生させる直前の状態の立体構造を捉えることに成功。たんぱく質に水分子が取り込まれる様子や、反応が起きる場所を特定しました。これは光合成における水分解反応の核心に迫る成果で、太陽エネルギーから酸素を発生させる人工光合成の仕組みの解明に大きく寄与するものです。人工光合成の実現は、エネルギー問題、環境問題、食糧問題の解決に重要な貢献ができると期待されています。(※本研究成果は2017年2月21日、英国の科学雑誌「Nature」に掲載されました)

 
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