特集「『放射線』ってなに?」

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寄稿病気の診断や治療に貢献している放射線

熊本大学大学院医学教育学部
造血・腫瘍制御学教授

岡田 誠治 氏(おかだ せいじ)

1985年自治医科大学医学部医学科卒業、1985年から茨城県衛生部医務課技術吏員(医師)として11年間茨城県で地域医療に従事、1996年千葉大学医学部附属高次機能制御研究センター助手、2000年同大学大学院医学研究科発生医学講座分化制御学助教授、2002年熊本大学エイズ学研究センター教授、2006年アイソトープ総合施設長兼任、2019年同大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター教授、博士(医学)

「人々の力になること、これは人類の共通の義務なのです」。「この発明は、病気の治療に使えるものですよ。病人の足元に付け込むなんて、私には出来ません」。放射線の研究で2度のノーベル賞を受賞したキュリー夫人 (Madame Curie)の言葉です。放射能(Radioactivity)という用語を発案したのもキュリー夫人です。彼女は、発見当初から放射線の平和利用・有効利用への大きな期待を込めて放射能という言葉を考案したのではないかと思います。ところが最近では、「放射線・放射能」は危険なもの、怖いものという負のイメージを抱く人が多くなりました。実際、核分裂反応は大きなエネルギーを生み出すため、原子力発電のように二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギー源として使われていますが、一方で原子爆弾のような核兵器としても使われます。科学技術や知識の良し悪しは、結局のところ使う側の人間の問題になるのではないでしょうか。

医療分野では、放射線は多くの場面で使われています。エックス線は、1895年にヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen)により発見されたものです。発見当初からX線には透過作用とフィルム感光作用があることがわかっており、すぐに診断に用いられるようになったため、「レントゲン写真」はなじみ深い言葉になっています。その後、コンピューターの発達で、CTスキャンが開発されましたが、CTスキャンでは体の内部の通常のレントゲン写真では見えにくい部分もはっきり見えますし、最近では体の内部を3次元で再現できるようになりました。日本のCTスキャン普及率は人口100万人当たり100台を超えており、その保有率は世界一位です。CTスキャンでは、外からは見えない体の中の異常(がんなど)がすぐにわかりますし、少し大きな病院はCTスキャンを保有していますので、病気の診断に大きく貢献しています。

治療の分野でも、放射線が癌細胞を殺すことがわかってから癌治療に大きく貢献しています。癌治療には大きく@外科的療法(手術)、A化学療法(抗がん剤)、B放射線療法、C免疫療法、がありますが、放射線は癌細胞を特異的に殺すことができますので、手術が困難な脳内や体の深部の腫瘍や、副作用の強い化学療法が使えない場合に特に大きな効果を示します。以前は、皮膚障害などの副作用が問題になっていましたが、現在は癌細胞をピンポイントで殺すことができるリニアックや重粒子線・陽子線治療が普及してきており、体力のない患者さんでも無理なく治療を受けることができるようになりました。また、癌のある局所に放射性のカプセルや針を埋め込んだ治療法や抗体に放射性物質をつけることで癌細胞に特異的に取り込まれて癌細胞のみを殺傷する免疫放射線療法が普及してきています。今や日本人の2人に1人が癌になり、4人に1人が癌で死亡する時代です。放射線診断・放射線療法の重要性は益々高まるものと考えられます。また、心筋梗塞や脳梗塞の際にも放射線を使った血管造影で緊急治療が行なわれています。

日本は、被ばく国でありながら放射線に関する詳しい教育は避けられてきましたが、東日本大震災に伴う福島第一原発事故の際の混乱の反省から、放射線教育の重要性が再認識されています。現在では、中学校の理科で放射線についての授業が行われ、医療関係者にも「放射線による健康影響」についての十分な教育が行われるようになりました。本書では、放射線についての基礎知識から、様々なヒトの生活にへの応用についてわかりやすく解説されています。本書を通して、放射線に対する正確な知識を学んでいただきたいと思います。

最後に私の好きなキュリー夫人の言葉を引用させていただきます。「私は科学には偉大な美が存在すると思っている人間の一人です。研究室にいる科学者というのは、ただの技術者ではありません。それはおとぎ話に感動する子供のように、自然現象を前にそこにたたずむ一人の子供でもあるのです。」

(2023年10月)

 
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